大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)709号 判決

原告 佐藤敬子こと 文貴礼

右訴訟代理人弁護士 吉田清悟

被告 吉田憲司こと 吉田和

右訴訟代理人弁護士 武田隼一

主文

被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四三年二月一九日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一項に限りかりに執行することができる。

事実

(原告の申立及び請求原因)

原告訴訟代理人は主文同旨の裁判を求め、請求原因として次のとおり述べたうえ被告主張の抗弁を争うと答えた。

一  原告は昭和四一年八月一日頃金融業を営む訴外光信産業株式会社(以下訴外会社という。)の代表取締役であった被告から同社名義の金一〇〇万円の約束手形の振出を受けて同社に対し期限を一〇〇日後として金一〇〇万円を預託したが、その期限が到来した同年一一月八日頃左記の約束手形(以下本件約手という。)の振出を受けてこれを再預託した。

金額一〇〇万円、満期昭和四二年二月一六日振出地及び支払地枚方市支払場所 株式会社住友銀行枚方支店、振出日昭和四一年一一月八日振出人 訴外会社、受取人原告

二  原告は本件約手を満期に支払場所において呈示しその支払を求めたが預金不足を理由にその支払を拒絶されたばかりか、訴外会社はその後昭和四二年六月八日午後一時多額の負債を残して破産したため原告の前記預金債権は全額回収不能となり原告は金一〇〇万円の損害を蒙った。

三  ところで、訴外会社の事業は所謂銀行業務と同様大衆から手形貸付の形式で金銭の借入をしこれを資金として他へ貸付ないしは手形割引をなすにあったからこのような事業を営む会社の代表取締役としては銀行等の金融機関に要求される程度の確実な担保を取得したうえで貸付、手形割引等の行為をなすべきところこれを怠り漫然とこれらの行為を行う等の放漫な経営をしたため多大の貸倒れを発生させ、訴外会社は昭和四一年一一月八日当時一億円を超える負債をかかえて倒産寸前の状態にあったから被告は本件約手を振出し原告から再に右金員の預託を受けても同社の支払能力を以てしてはこれが返済期限たる本件約手の満期に支払うことができないことを予測しながら又は重大な過失によってそれを予測し得ずしてあえて原告に右金員を再預託させその債権を回収不能にさせたもので、被告は訴外会社の代表取締役としてその職務を執行するにつき悪意又は重過失があったものというべきである。

よって原告は被告に対し商法第二六六条の三第一項前段の規定に基づき前記損害の賠償を求める。

(被告の申立及び請求原因に対する答弁等)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め請求原因に対する答弁等とし次のとおり述べ、原告主張の再抗弁は争うと答弁した。

一  請求原因に対する答弁

一、二の各事実は認めるが、三の事実は争う。訴外会社は原告主張のように放漫経営により倒産したのではない。即ち訴外会社のような金融業者にあってはその融資申込者の大半が銀行に対し融資申込のできない無担保者であるとか、銀行では割引いてもらえない手形の所持人のような者であってみれば通常の銀行のように確実な担保がなければ貸付あるいは手形割引等をしないというのではなく、融資先の営業状態等から返済可能と判断された場合には担保をとらずに貸付等の行為をするのが通常である。訴外会社の場合も貸付担当者が貸付申込者の信用状態を調査し返済の見込がある場合に限って貸付けるというようにしていたのであって何らの調査もせずに漫然と貸付等の業務を行なっていたのではない。勿論このような形態での貸付においては通常二、三%の貸倒れの発生が見込まれるが、この程度の貸倒れは業務に影響を及ぼすものではない。訴外会社の倒産の原因は右の通常発生する貸倒れによるものではなく大手の金融業者の相次ぐ倒産のため連鎖的に倒産の止むなきに至ったもので被告の過失によるものではない。けだし昭和四〇年頃から金融業者の倒産が続出しその数が企業者の三分の一にも達したことは周知の事実であるが、訴外会社と取引のあった日証金、協銀等の金融業者もその頃倒産したため訴外会社の約四〇〇〇万円の貸付金債権が回収不能となりそのため訴外会社も倒産するに至ったものである。被告には訴外会社の代表取締役としての職務上の過失はなかったというべきである。

二、抗弁

訴外会社倒産後の昭和四二年二月七日債権者が集まり善後策につき協議した際、原告を含む債権者及び被告との間に、被告は当時存した訴外会社の資産約四五〇〇万円を出資して第二会社である北大阪産業株式会社を設立して事業を再建することとし、訴外会社の各債権者に対する債務については被告が右第二会社を経営して得る収益を以て分割弁済する、なお、右債務を担保するため被告はその所有にかかる不動産を提供しこれに抵当権を設定する旨の合意が成立した。従って被告は原告主張の預金債権につき分割弁済の利益を有しており、それ故かりに被告に原告主張の損害賠償義務があるとしても全額一時支払の義務はない。

(原告の再抗弁)

原告訴訟代理人は被告の抗弁に対し次のとおり述べた。

原告は被告主張のとおり分割弁済の利益を供与したが、それは被告が提供した不動産につき原告が抵当権を取得できたものと考えたからであったところ、実際は多数債権者のうち一部の者が取得したのみで(抵当権設定登記名義人には多数債権者のうち僅か一二名の者がなっているにすぎない。)、原告は取得しておらずこの点に錯誤があったから原告の分割弁済供与の意思表示は無効である。

(証拠)≪省略≫

理由

請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

そこで訴外会社の代表取締役であった被告にその職務を行うにつき悪意又は重過失があったか否かについて判断すると、右当事者間に争いがない事実と≪証拠省略≫によれば、訴外会社は株式会社とはいっても被告の個人営業と大差のない会社で被告がその代表取締役として実権を掌握していたものであるが、被告は昭和四一年八月一日同社名義の約束手形一通を振出して原告から同社に対する金一〇〇万円の預託を受け(ないしはこれを借受け)、これが返済期限である右約束手形の満期が到来した頃の同年一一月八日本件約手を振出して先に振出した手形を書替え、これが返済期限を昭和四二年二月一六日まで延期し原告をして引続き右金員を預託させたこと、ところで訴外会社はその主な資金の運用先である日証金等の取引先が昭和四〇年中頃から昭和四一年一〇月頃にかけて相次いで倒産したため五〇〇〇万円を超える貸倒損失を蒙り、本件約手を振出した同年一一月八日当時その業績が相当悪化しており本件約手を振出し原告から引続き右金員の預託(ないし貸付け)を受けてもこれが返済期限に返済することができなくなることを被告において容易に予見できたにもかかわらず、代表取締役としての注意義務を著しく怠ったためこれを予見せず、本件約手を振出したうえ原告をして引続き右金員を預託(ないしは貸付け)させたこと、しかして訴外会社はその後間もなく昭和四二年一月二〇日その支払を停止しその頃倒産(同年六月八日破産)して右金員の返済が不能となったが、その結果原告は右金員に相当する損害を蒙ったことが認められる。尤も≪証拠省略≫によれば訴外会社の昭和四一年一一月八日当時の業績はさほど悪くはなかったように見向けられないではないがこれらはいずれも納税申告書及びその附属書類であるところ≪証拠省略≫によれば、右記載は同社の営業の実態を正確にあらわしたものではないことが認められるので右各証拠の存在は前記認定の妨げとはならない。≪証拠判断省略≫右事実によれば、被告は訴外会社の代表取締役としてその職務を行うにつき重過失があったものというべきである。

以上からすると、被告は商法第二六六条の三第一項前段の規定に基づき原告に対しその蒙った損害金一〇〇万円を賠償する義務があるというべきである。

ところで被告は原告が本件貸金債権ないし預金債権につき分割弁済の利益を供与したから一時支払の義務はないと抗弁するが、原告は本訴において右債権の履行を求めているのではなく、商法第二六六条の三第一項前段の規定に基づき被告に対して取得した損害賠償債権の行使をしているのであるからこれにつき原告が期限を猶予した等の事実を主張するものではない以上被告のこの点の主張は主張自体失当である。

以上のとおりで被告に対し右金一〇〇万円の支払を求め、かつ訴状の送達によりその履行を催告した日であることが記録上明らかな昭和四三年二月一八日の翌日以降右支払ずみまで年五分の割合による法定の遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井賢徳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例